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ミステリー小説、書く!!!

ミステリー小説です。 毎週1回のペースで更新しますので、良かったら読んで感想をください。

スキマ時間にはビジネス書を「聴く」。オーディオブックのFeBe

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「不和の美ー17」


17

 ホテルでの食事を終えた探偵と弁護士の取り合わせは、夜の町へとタクシーで出向いた。

 と言っても目的は古川栄太郎が心奪われる美人が経営する居酒屋であった。

 赤提灯が春風に揺れる夜は未だ冬の風の匂いがして、肌寒さが肌を刺した。

 2人は凍えるようにして店内に入っていくと、しとやかで百合の花が香るような声色が迎えた。

「いらっしゃいませ。あら、来てくださったんですか?」

 うれし気に微笑する筒井美咲の笑みは、事件にしか興味を抱かない真田春也の探偵心をも、思わずドキッとさせる魅力が醸し出されていた。

 店内は昼に訪れたときとはまた雰囲気がガラリと異なり、本当に居酒屋なのだな、という一種の酒の香りが漂っていた。

 店内を見回すと奥のテーブル席に男性が1人と、カウンターに女性客が2人。そのさらに奥の座敷間には、数人の団体客がいるらしく、にぎやかな声が聴こえ漏れていた。

「こちらへどうぞ」

 和服の袖を片手で押さえ、白く長い指先で町の外から来た2人を、店の懐へといざなった。

 女性客2人から少し離れたカウンター席に腰掛けると、ホルモンの煮込みだろうか、はたまたサバの味噌煮か、味噌の香ばしいかおりが、さっきのホテルでの食事を忘れさせた。

「おふたりともビールでいいかしら?」

 はつらつとした女将の声色は、飲み物がなんであるかを尋ねてくる。

「私は地酒をもらおうかな」

 町がもっとも力を入れる産業の1つがこの地酒作りである。古川栄太郎は前々からこの町の地酒が存外に飲み心地が良いのを知っていた。

「冷でいいかしら」

 弁護士はうれし気に美咲の笑みをニヤニヤと見据えた。

「真田さんは若いからチューハイがいいかしら?」

 カウンターのメニューを凝視していた探偵は無表情を上げ、

「ハイボールと若鳥のから揚げをください」

 と女将に告げた。

 古川弁護士はこれが彼のいつものスタイルなのを分かっていた。幾度か彼とともに旅をしたことがあったが、決まってどこへ行こうとも地元の東京のなじみの居酒屋で注文するものと何一つ変わらず、いつもハイボールとから揚げなのだ。

 一度など四万十川まできたのだから、名物のアユで一杯、と提案したことがあった。しかし探偵はハイボールとから揚げを崩すことなく、いつもの飲み方をしたのである。

 東北地方の片田舎でもその姿勢を崩すことはなかった。

「はい」

 微笑みを返すとカウンターのすぐ裏で彼女は地酒の支度をした。

 元から米がおいしいと評判の地方であった町で、数年前より地元の湧水を利用した酒造をはじめ、町おこしに一役買っていた。

 亡くなった荒木氏もこの地酒が好きで、古川が来る度、地酒をふるうくらいである。

 きれいなカラスに入れられた地酒の冷を出され、おちょこに女将自ら注いだ。

 初老の弁護士は照れてしまい、頬を赤らめていた。

 それを興味なく一瞥した探偵は、店内を見回すと壁際に一輪の花が添えられていた。

 花の種類は分からなかったが、花瓶は彼の興味を大いに引いたのである。

「女将さんも織部焼に興味があるんですか?」

 地酒の入った入れ物を弁護士の横に置き、白い頬を上げ、探偵が指さす先の一輪挿しを見た。

「ああ。あれは叔父からいただいたものなんですよ」

 そこで弁護士がはたとわれに返り、今日の出来事が脳裡を走り抜けた。

「今日ぐらい休んだらよかったんじゃ。荒木氏の葬儀の手筈もあることだし」

「いいえ。こんなときだからこそ、仕事をしているほうが気分が紛れて。それにお葬式の準備なら昭雄さんがしてますから」

 だがこのときまだ1人息子、荒木昭雄の容疑は晴れておらず、事件現場となった荒木邸の前には、複数人の警察官が待機していた。

 ふと一輪挿しを見上げた美咲の表情には、いつもの華やかさはなく、壁際の一輪挿しのように、物かなしげに探偵には見えた。

「結局、叔父の趣味にはついていけませんでした。私に骨董品のことをあれこれ教えてくれてたんですけれどね。今となっては、もっとよく勉強して、叔父と話しをすればよかったと思っているんですよ」

 探偵の隣では同じ思いで地酒を一気に飲み干し、おちょこを空にする弁護士の姿があった。

「古田織部という人はですね――」

 こういった話をすると止まらないのを弁護士は知っていたが、探偵のスイッチがひとたび入ると、何を横から挟もうと唇の動きは止まらなかった。

「本当の名は古田重然といいまして、生れは美濃国、今の岐阜県南部に位置しています。家紋は三引両でして、山口城城主、古田重安の弟、古田重定の子として生まれました。古田家は元々、美濃国の守護大名、土岐氏に仕えていたのですが、時代は織田信長が戦国時代の中心となり、美濃国を収めることになったので、織田家の家臣となったのです。武将としての才覚もあったそうで、織田信長の嫡男、信忠の使番、荒木村重の謀反の際には義兄を引き戻すことに成功し、豊臣秀吉、明智光秀の軍勢にも加わり功績をあげているんですよ」

 女将としてこうした客の扱いには慣れているのか、美咲はハイボールとから揚げを速やかに用意すると、彼の話を聞きながら、彼の前に並べた。

 しかし探偵は自らの興味の方向にしか話をもっていかず、出されたものに手を付けなかった。

「本能寺の変のあとは、豊臣秀吉が天下を取ると悟ったのでしょう、配下となって山崎の戦い、伊勢亀山城の戦い、九州平定、小田原討伐などにも参加しています。
これは歴史の教科書にも乗るほどの大きな戦ばかりなんですよ。これだけの功績をあげたのですから、扱いも当然なんですが、秀吉は彼に織部の官位を与えました。これが古田織部の元となっているんです」

 ここで初めて彼はハイボールに口をつけ、軽く喉を潤した。

「天正10年からは千利休の弟子となり、茶道の道へと進みます。しかしながらその才能は利休とは対照的に、静かなる美を求めるのではなく、もっと独自の美意識があったんです。利休はある時、茶道具の木目が気に食わず捨てようとしました。けれども織部はそれを利休からもらい受け、愛用したそうです。生の中に動を見たとのこと。利休の死後は秀吉がえらく気に入ったそうで、天下一の茶人となりました。織部が好むものは天下で流行る。織部好みとまで言われ、彼が最先端の流行をきめていたんです。朝廷や貴族、寺社へも影響を及ぼすなど、間違いなく天下の第一人者となっていました。関ケ原の戦いでは東軍に入り、勝利を収めました。ですが大阪冬の陣、夏の陣を通じて徳川方についていた織部が豊臣へ内通したとの嫌疑をかけられ、切腹させられたんです。彼は弁明は一切せず、切腹に従ったとされています。
 彼の残した「破調の美」はその後も受け継がれているんです。調和されていない美。これに俺はひかれたんですよ」

 言い終えるとまたハイボールで喉を潤した。

 横でため息交じりに首を横に振る弁護士であった。

 これを見て、2人を見比べた美咲は、クスクスと口元を抑えて笑っていた。

「面白いお方ですね」

 弁護士に笑いかける女将の表情は、やはり男の本能を爪で掻きたてるものがあった。

 弁護士は地酒のせいだけではない頬に赤らみを帯び、女将から思わず視線を恥ずかし気にそらした。

「彼はいつもこうなんですよ。自分の話以外に興味はなく、事件と歴史以外に興味すら抱かない。出会った時から変わってましたからね」

「お二人はどこでお知り合いに?」

 地酒を弁護士へ注ぎながら女将が尋ねる。

「数年前でしたかね。東京である殺人事件がありまして。骨董品の甲冑を集めるのが趣味の男性がいましてね、その男性が殺害されたんですよ。被害者の知り合いだった彼が事件現場にずかずかと入ってきましてね。被害者と面識があった私が現場に居合わせて、現場をまるで荒らすように警察官の静止もきかず、今回と同じように事件を捜査したんです」

 自らのことを話すのを好まないと見えてか、探偵はさっきまでの饒舌は影もなくなり、若鳥のから揚げを一口で口に放り入れてしまった。

「事件は解決したんですか?」

 女将の問に、弁護士は軽くうなづいた。

「ええ、見事に。骨董品収集の愛好家仲間の犯行でした。被害者が所有していた赤い甲冑が加害者の好きな戦国武将のものだったらしく、それを奪いたいがために殺害したとのことでした」

「山県昌景の甲冑ですからね。ほしいのもわかります。彼は武田信玄の四天王と呼ばれるほどの名称ですから。黒澤明監督の「影武者」という映画では、大滝秀治が演じていました」

 ハイボールでから揚げの油を流し、探偵は口早に告げた。

「この調子で解決したんです」

 と、苦笑いをした弁護士であった。

「きっと叔父あえば話が合ったでしょうね。叔父もそうした話が大好きでしたから」

 そういうと奥の調理場にかけている鍋のことを思い出し、

「ちょっと失礼しますね」

 と、のれんで仕切られた調理場へと入っていった。

 その時である。

「生きてたとしてもあの荒木さんが他の人と盛り上がるなんで、ありえないわよ」

 カウンターの離れた席に座っていた女性の1人が、彼らに向かって話しかけてきた。

「あの人はねぇ。他人を寄せ付けない、独特のオーラっていうか、そういうところがあったのよ。個人を悪くは言いたくないけどね」

 酔った様子がある女性は、伊美徹の会社事務所にいた、事務員の1人であった。横の女性も同じく事務所で見かけた事務員である。

 会社終わりに同僚同士で飲みにきたのである。

「まぁ、殺されて自業自得っていうかさ、あの人にこの町でいい印象を抱いている人なんてなかったと思うわよ。私だって一度、ひどい目にあったんだから」

 半分、ろれつが回っていない口調で彼女は言った。

「ちょっとやめなさいよ。今日、そんな話しなくてもいいじゃない、しかも美咲ちゃんのお店で」

 後ろの女性が酔っている彼女を止めるようにいうが、さらにレモンサワーを飲み、彼女は拍車がかかるようにうなった。

「いいじゃない。こんな日だから言わせてよ。私、ずっとあの人には言いたいことが山ほどあったんだから」

 というと探偵の顔を凝視して、彼女は口早に言った。

「口うるさい人だったのよ。うちの会社は仕事の関係上、会社の敷地内で木材の加工とかもするんだけど、何度、あの人が近所迷惑だ、うるさいって怒鳴り込んできたことか。一度なんて、頭を下げる私を指さして、頭を下げるだけなら人形でもできる、そんな仕事しかできないのなら辞めてしまえって言われたのよ。信じられる? こっちは仕事で仕方なく頭を下げてるのにさ」

 後ろの女性はこうした過激な言動を親族親族の店で口にする同僚と、のれんの奧を冷や冷やと見比べていた。

 しかし同僚の口は止まることをしらない。

「この町であの人を良く思っている人っていたのかしら。何かあるとすぐにクレームよ。近所の子供がうるさい、車を夜走らせるな、猫が敷地に入ってくる。ほっと近所迷惑な爺さんだったわ」

「ちょっと秋子さん、飲みすぎなんじゃないですか?」

 煮物を小鉢に入れてもってきて、秋子の前に置く美咲は、少し怒っている表情だった。

「あら、聞こえてたのね」

 そういって島田秋子は舌を出した。

「そろそろ帰ったらどうですか、美穂さんも旦那さん、待ってるんじゃありません?」

 同僚の吉岡美穂に美咲は顔を向けた。

「家の旦那なら同僚と宴会だそうよ」

 そういって美穂は皮肉たっぷりに笑った。

「あら、そういう美咲ちゃんはどうなの? 彼、今日も来てるじゃない」

 と、奥のテーブル席で1人飲んでいる男を横目で秋子は見た。

「荒木さんはいないんだし、このまま結婚しちゃえばいいのに」

「ちょっと秋子さん、怒りますよ」

 そういっている彼女の顔には、本気の怒りが見て取れた。

 奥まですっかり声は通っていたらしく、男はまだ半分も減っていない焼酎をそのままに、席を立つとカウンターにお金を置いた。

「女将さん、ごちそうさま。また来るよ」

「ごめんなさい、佐藤さん」

 男は静かな微笑だけを浮かべ、店の木目がきれいな引き戸を開けて、帰っていった。

「あらら、帰っちゃった」

「秋子、私たちも帰りましょう。あんた、ちょっと酔っ払いすぎよ」

 美咲の怒った表情を見て取ったらしく、吉岡美穂が促す。

「まだ大丈夫よ」

 と、コップを持つ秋子。

 その手を抑え、美穂は無理に彼女を立たせ、バッグを持たせた。

「美咲ちゃん、また来るわね」

 美穂がお金をカウンターに置くと、無理に秋子を引っ張り、帰って行くのだった。

「すみません、騒がしくて」

 美咲が探偵と弁護士に苦笑いして頭を下げた。

 すると座敷席から声がして、彼女は奥へと呼ばれて行ってしまった。

「荒木氏に恨みを抱く人は多いようですね」

 ハイボールを口にして、頭の中で再び事件へと探偵の関心が向けられた。

「友人は悪く言いたくはない。だが、町の人たちの心情はさっきの彼女が言っていたとおりなのかもしれないな」

 少し悲しそうな目を地酒に落とし、弁護士はいうのだった。

「さっきの男性はどなたですか?」

 弁護士の気持ちなど彼の眼中にはなかった。

「ああ、佐藤君だね。隣町の人で美咲さんにご執心でね。毎日のようにここに通ってるんだよ。前に来たときからだから、数年の片思いってやつだね」

 興味深げにから揚げを口へ放り込んだ探偵は、少し笑っているようにも見えた。

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プロフィール

HN:
富士島
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1986/01/06
職業:
介護職
趣味:
小説、漫画、映画、PC、スマホ

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