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ミステリー小説、書く!!!

ミステリー小説です。 毎週1回のペースで更新しますので、良かったら読んで感想をください。

スキマ時間にはビジネス書を「聴く」。オーディオブックのFeBe

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「不和の美ー18」

18

 荒木義男の葬儀が行われたのは、死後4日後のことであった。

 火葬後、葬儀が行われる風習のある小さな田舎町では、3日後には少なくとも葬儀が行われるのだが、殺人事件の場合、司法解剖が法的に義務づけられていたこともあり、荒木義男の遺体が邸宅へ帰宅したのが翌日であったから、通夜、火葬と遅れていたのである。

 喪主を務める息子の荒木昭雄、親戚にあたる筒井美咲、昭雄の妻、2人の子供など親類や町の人たちが集まる葬儀は、町のお坊さんを読んで、広い邸宅の座敷で行われた。

 故人が残した財産管理、相続関係などを任されることとなった弁護士の古川栄太郎は、葬儀の間も親類などとの書類の話などで忙しくしていた。

 この事件にそうした古川の仲介でかかわることになった若い探偵、真田春也の荷物には葬儀の準備などはまったくなかったため、葬儀に出席する格好も用意できぬまま、蚊帳の外という感じで邸宅の個室に半ば、古川の言いつけで軟禁状態にあった。

 彼の性格上、事件関係者がこうして集合した葬儀は、絶好の聞き込み機会であり、例のごとく聞き込みをする恐れがあったせいもあり、古川はいつも以上に彼にくぎを刺していたのであった。

 飛ぶ鳥の羽をもがれたかのような春也は、古い資料などを置く書庫に臨時に設置された椅子とテーブル、美咲が気を聞かせて用意したコーヒーとバームクーヘンを前に、ふすまの向こう側であわただしく動く、近所の奥様たちの声色を聞いていた。

 小さい窓から外を見れば、警察官らしきスーツ姿の男たちが道路で状況を眺めている。

 陣頭指揮をとるのは、事件初日に事件現場を荒らす探偵を一喝した三田恭一警部だ。

 何をしてよいものか、と思いつつも探偵の脳裡には常に事件のことが渦巻き、自然とふすまの外へ意識が行っていた。

 そんな中、トイレへ向かおうとふすまを少し開けた時のことである。

「警察に言わなかったの?」

 と女性の声が書庫前の廊下に響いた。

「ちょっと、声が大きいわよ」

 そう制する声には聞き覚えがあった。筒井美咲の居酒屋で酔って噂話を口にする島田秋子を止めていた同僚の吉岡美穂(46)の声である。

 ふすまを少し開け、顔を少し出す探偵の目に、複数人の喪服姿の女性が廊下で立ち話をしているのが見えた。

 吉岡美穂以外の女性の顔に見覚えはないが、葬儀の手伝いに駆り出された近所の奥様たちと探偵は推測した。

 女性によくある、例の噂話というやつであろう。

 吉岡美穂は話を続ける。

「うちの社長は朝いちばんに事務所の鍵を開けたって警察には言ってたけど、あんなのでたらめよ。だって荒木さんが殺された日に事務所を開けたの、私だもの」

 思わず探偵は目を見開き、女性たちの会話に神経を研ぎ澄ませて集中させた。

 奥様の1人が美穂に聞く。

「じゃあ朝早くからどこに行ってたのかしら。伊美さんって仕事人間って感じだけど」

 さらに吉岡美穂の声は小声になる。

「愛人のところよ、愛人。隣町でスナックをやってる女に人らしいけど、その店を開店する資金をだしたのも、社長らしいわよ」

 事務員は自らの社長の秘密を暴露した。

「きっとその愛人のところに泊まったんでしょ」

「奥さんは知ってるの?」

 別の奥様が伊美夫人がその事実を認識しているのか、興奮気味に美穂へ確認する。

 探偵も耳を大きくしながら、その事実確認を心中で希望していた。

「知ってると思うわ。一度、そのことで会社の事務所で言い争ってるのを見たことあるもの」

「だって、奥さんも社長が会社に出かけたって警察には言ったんでしょ? 嘘を言ったってこと?」

 主婦の情報網恐るべし。そうした情報まで認識していたのである。

 吉岡美穂は首を横に振った。

「そこまでは知らないけど、自分の夫が浮気して朝帰りなんて、恥ずかしくて私なら言えないわ」

 と、少し嫌味っぽく言った。

「おお~い、ビールもってきてくれ」

 すると奥の座敷から男の声がして、美穂が返事を返す。

「男は飲んでるだけでいいから、のんきよねぇ」

 吉岡美穂のため息で女たちの井戸端会議は終了した。

 しかし吉岡美穂の証言は探偵の推理を大きく加速させるものとなった。

 それから数時間、夕刻になるころ、1人の男が屋敷を訪ねてきた。町で唯一の靴販売店の主人、里見源太(62)であった。

 この下駄屋の主人は被害者の一人息子、昭雄氏が被害者の殺害時刻に散歩に出ていたと証言した人物である。

 初老にしては長身で、襖を開けて顔を覗かせる探偵よりも大きく見えた。

 自らの無実を証言した人物の訪問に、昭雄はえらく喜び、焼香の後は畳の大きな部屋でビールをごちそうしていた。

 が、数分も経たないうちに下駄屋の主人はそそくさと帰ろうとした。

 探偵が襖の端から覗く限りでは、どこか落ち着きのない様子であった。

「里見さん。もう帰るのかい?」

 昭雄が近づいていくと、下駄屋の主人は広い玄関、廊下の先に誰も居ないのを確認すると、焦った様子の口調で口早に言った。

「俺、勘違いしてた。あんたを見たのは朝の7時近くで、荒木さんが殺された時間にあんたを見たっていうのは、嘘だったんだ。警察に言ったあと、思い出したんだよ!」

「な、なにを今更。それこそ勘違いじゃないか。確かに里見さんとあったのは7時近かったけど、6時だったのは確かだろ? 変なこと言い出すのは止めてくれよ」

 と、高い位置にある肩を叩く昭雄。

「警察に言うべきなんじゃないのか?」

 その一言が昭雄の短気に火を点けた。

「馬鹿なでたらめを言わないでくれ!」

 この声は広い屋敷に轟くには十分な声量だった。

 奥の座敷から主人の妻が駆けつけてきた。 その顔は血相変えている。自らの主人の声に驚きを隠せないでいた。

「 今更それはないですよ 。警察に言うなんて、ふざけないでください」 

 昭雄は さっきまでの荒げた声とは違った、落ち着いた声でありながら、怒りを込めた声色で言い放った。

 下駄屋の主人は おどおど しながら 玄関を開けて 逃げるように屋敷から出て行った。玄関前に待ち受ける警察官に話しかけることもなく昭雄の言った通り、何事もなかったかのように、その場をあとにした。

 襖から顔を出していた探偵はゆっくりと 頭を 引っ込めると、興味深げに顎に手を当て、少し考え込んだ 。
 
 アリバイのない人間がまた一人、彼の前に現れたことになる。これは実に楽しく 彼の思考はアドレナリンであふれていた。

 書斎に容易された椅子に腰掛け、自らが常備している手帳を取り出すと、関係者の関係性をメモしたページをめくる。

 そこに書かれた字はメモ帳の点線から大きく逸脱した、ミミズが這ったような字というのにふさわしい汚さで殴り書かれていた。

 彼は自分の耳にしか聞こえない独白で、それを読み上げていく。

「被害者の荒木義男が殺害された時刻が5時から6時の間。その時間帯に息子の昭雄は散歩をしていたと言っているが証言は訂正された。建設会社の社長伊美徹も事務所の鍵を開けるのを日課としているにもかかわらず、愛人のところへ行っていた。二人にアリバイがないとなると、容疑者は二人・・・・・・いいや佐藤誠という線もあるということか? 美咲を思うあまりにって可能性も捨てきれない」

 こうした独白を一人、書斎で行っている内に、春の夕方がやってきた。

 襖の向こう側から声が聞こえないということは、客もほとんど帰宅したのであろう。

 暗くなり始めた外の庭を眺めながら、警察の三田恭一警部の姿がまだ在るのを、玄関の明かりに照らされて認めた。

 靴屋の主人の証言が偽証であることを告げた方がようのではないだろうか?

 そう考えながらも、探偵は自らが事件の真相に近づきつつあることに、優越感を抱いていた。

 そしてある欲求に動かされた。犯行現場が見たい。

 自らを抑えるという概念を持たない真田春也は、襖を軽く開け、周囲に誰も居ないことを確認すると廊下を忍び足で進んだ。

 広い座敷の横を通って行く。飲みかけのビールが入ったコップやビール瓶がテーブルの上に置きっ放しである。残り僅かになった寿司や煮物の皿が並ぶが、人の姿はなかった。葬儀に来た客たちは帰ったのだろう。

 座敷の横を抜け玄関の前の廊下を左に曲がると、木製の重々しい扉が凜然と彼を迎えた。

 右側の窓からは外が見えるが彼に気づいている警察官はいない。周囲を見回したり、通りかかった近所の人間に話しを聴いている様子だ。

 チャンスとばかりにドアを引き、中へ足を踏み入れた。
 
 ところが誤算だったのは、夕陽が山の後ろに沈んだことだ。

 書斎の中は暗く、なにも見えなかった。

 電気、電気と心中で呟きながら入り口の壁を手探りで探す。が、スイッチは指先に引っかからない。

 顔を廊下に出して廊下側の壁も見るが電気のスイッチは探し当てられなかった。

 弱った、と頭をボリボリと搔いていたその時、

「また事件の事ですか、探偵さん」

 とあでやかな声が背中を撫でた。

 蘭の花のような甘い香りがして振り返ると、筒井美咲が彼を見て微笑んでいた。

 和装の喪服姿もまた、艶やかで夜に栄えているように見えた。

「古川さんにまた怒られますよ」

 と少し悪戯っぽくいうと、書斎の中に入ってきて、右側の大きな机の横の壁に手を伸ばした。

 すると漆黒の世界に光が点灯した。

 変わったところに電気のスイッチがあるものである。

 軽く頭を下げて美咲に礼をすると、さっそく事件現場の検証を始めた。

 すでに警察があらかた操作したのだろう、片付けては行ったと思われるが何処か乱雑に散らかっている印象を彼は受けた。

 真っ先に探偵の目が行ったのは、やはり織部焼きが並ぶ棚であった。

 コレクションの皿や茶碗が並ぶ中で、やはり凶器に使われた織部焼きが置いてあった場所だけが空間としてポッかり空いている。

 棚の観音開きの扉を開き、じっと織部焼きを見つめる。そしてさらに書斎の中を一瞥した。

 すると筒井美咲は机の縁をゆっくりと撫で、その手で椅子を引くと、疲れた様子で叔父が愛用していた椅子に腰掛けた。

「叔父は誰も書斎には入れなかったんです。息子の昭雄さんですらも」

「ええ、その話はいろんな方から聞きました。どうしてそこまで義男氏は人を遠ざけて生活していたのでしょう?」

 机の引き出しをゆっくり開け、空になったそれを探偵に見せた。

「ここに引き出しには多くの書類が入っていたと昭雄さんから聞きました。不動産関係の書類や株式に関するものだったとか。叔父はきっとお金に群がってくる人間を遠ざけたかったんだと思います。生前、叔父が言っていたんです。[人間は所詮、金に集まる生き物だ]って。ですから人を信用していなかったんじゃないかしら」

 織部焼きを見つめながら、探偵は軽く頷いた。

「もっとも大事な場所だからこそ、特に書斎には人を入れたくなかった、という訳ですか。ですがここが事件現場となった。誰かが確実に義男氏を殺害した。人を信用していなかった被害者が人を自らのテリトリーに入れた。これには意味があるんだと思います」

 探偵はそういうと、織部焼きの棚をゆっくりと閉じた。


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映画化も決まったミステリー小説の上巻。この力は凄い!

こちらは下巻。最後の結末を知った時、胸が苦しくなる。

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プロフィール

HN:
富士島
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1986/01/06
職業:
介護職
趣味:
小説、漫画、映画、PC、スマホ

P R