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地方のスナックというのは、どこでも同じような雰囲気がある。紫色の派手なネオン看板。外壁のはげた小さな建物。木製の分厚い扉。
真田春也は金メッキのはげた太い取っ手を引っ張り、木製の扉の上部に設置された鈴を喫茶店の入店のように鳴らして、まだ春の冷たい風が室内に吹き込むのと同時に入店した。
足下には絨毯素材が敷き詰められ、カウンターが入り口すぐに椅子を並べ、奥に黒いソファが向かい合って並べてあった。ソファの間のテーブルには、未だ営業を待つ灰皿が積み上げられ、カラオケのタッチパネル、マイクがキッチリ揃えられていた。
「ごめんなさい、営業はまだなのよ。夜に来てくれる?」
人の気配を察知したのだろう、カウンターの奥ののれんから、枯れ葉を擦り合わせるような、少し枯れた女性の声が響いてきた。
「伊美さんについて少しお聞きしたいのですが」
探偵は奥まで入って行くと、図々しくカウンターの椅子にどっかと腰を下ろした。
怪訝そうな顔でのれんをくぐってきた、40代前半と思われる女性は、あつでのファンデーションで、不自然に顔が白く、薄暗い店内に能面の如く顔が浮き上がっていた。
「三田って刑事さんに全部話したけど、まだ聞きたいことでも?」
と言った女性の顔が、警察官ではない探偵の姿に、怪訝の雲で曇った。
「記者なら帰って。話すことはないよ」
不機嫌に言い捨てのれんの奥に引き返す女性。
その脚を止めたのは、彼のズケズケとした物言いであった。
「伊美社長との肉体関係は、長いんですか?」
単刀直入に質問され、女性を思わずその垂れ始めた胸の奥がドキッとしたのか、白い顔を瞬間的に探偵へ向け直すと、般若の如く睨み付けた。
「他人には関係ないでしょ。さっさと出て行きなさいよ」
憤慨した彼女は春也に怒鳴ると、今にも平手が飛んで来そうな勢いの目つきを、更に探偵へ投げやった。
「伊美社長の無実は貴女の証言に託されています。その様子では伊美さんの間柄は深いように見えます。だったらこの質問に答えるべきだと思いますよ」
まるで他人事のように口ずさむ探偵には、おののきというものはまるで見えず、ただ事実を確認した、それだけの心理が働いていた。
その態度が逆に彼女の不信感を沸き起こしたらしく、カウンターから出てくるなり、彼の腕を凄まじい力で引っ張り、店から追い出そうとした。
「荒木さんの殺人を知っていますね。犯行当日、伊美さんと貴女は一緒だったんですか? それさえ聞ければ、帰りますよ」
この怪しい若者をとにかく追い払いたい彼女は、
「ええ、社長はあの日、あたしの部屋にいたわ、あさまで。だからあの人が犯人なわけないのよ」
「具体的になんじまでです?」
「6時過ぎまでよ。もういいでしょ、出て行ってちょうだい」
追い出されて店から飛び出した彼は、しかしこの店までやってきた行動の意味があったと、収穫に満足した笑みを浮かべた
容疑者が消えたことは、彼にとって難解なパズルを解いている感覚らしく、それは嬉しそうな笑みであった。
第21回へ続く
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筆者は個人的に山田風太郎の「忍法帖シリーズ」のファンなのだが、最近、また新しい一冊を読んでいるので、ご紹介したいです。
まだ室町幕府が健在だった頃、大名、松永弾正は根来忍者の精鋭をつれて公方さまの新年の祝いに訪れていた。そこで剣聖上泉伊勢守の弟子と根来忍者の精鋭を戦わせる余興をおこなったのだが、そこから凄惨なる戦いと松永弾正の陰謀が始まる・・・・・・。
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