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ミステリー小説、書く!!!

ミステリー小説です。 毎週1回のペースで更新しますので、良かったら読んで感想をください。

スキマ時間にはビジネス書を「聴く」。オーディオブックのFeBe

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「不和の美」ー16

16

 春だというのに風はまだ冷たかった。古川栄太郎は持病の腰痛が悪化してきたのか、歩きながら腰に手を添えている。

 けれどもそんな栄太郎の雰囲気になど微塵たりとも意識を配らせる素振りもなく、探偵、真田春也は見えてきた大きな看板を指さす。

「あれですね。犯行現場から50メートルというところでしょう」

 古川が辛そうに背にしていた道を振り返ると、現場となった豪邸の、3階までくっきり見えていた。

 そこには緑に白字のD建設会社の看板がでかでかと、通行人や車へアピールしていた。

 敷地内へ入ると、パワーショベルと型の古い泥だらけのトラックが停車して、複数の職人たちがヘルメットを被り、タバコの煙をのぼらせていた。

 妙な2人が現れたぞ、といわんばかりに探偵と弁護士の取り合わせに、職人独特の重たい視線が向けられた。

「社長は中ですか?」

 こうした場ですらも、平然とできるのが真田春也である。

 職人たちは少し間を置いて、アスファルトへタバコを投げ捨て、長靴のかかとで踏み潰すと、煙を吹きかけるように探偵めがけふく。

「記者なら帰んな。仕事のじゃまだ」

 重苦しい声色が若者を突き飛ばす。

 やはり町中に複数のマスメディアが流入してきたのだろう、町民たちは敏感になっているようだった。

「わたし達は記者でも、警察でもありません。亡くなった荒木さんの知人のものです。社長に生前の荒木氏の様子をお聞きしたくて訪ねて来たのですが、ご迷惑でしたら後日、日を改めますが」

 これが大人の対応とばかりに古川弁護士は探偵を一瞥した。

「弁護士か」

 と、不意に背後から顔を出した大柄の、黒く焼けた姿を表した男が、弁護士のバッジを見るなり、眉をひそめた。

「荒木さんの知り合いに弁護士がいるのは知ってる。中へ入んな」

 無愛想ながらそれがこの建設会社の社長なのがここで、2人の把握の範疇へ入った。

 そうなると若い探偵に遠慮は一切ない。社長のおおまたよりも素早く、事務所の扉を開けて中へ、ズカズカ入っていった。

 事務所の中には複数の事務員の女性がパソコンの前に座り、キーボードを叩く音、ペンで書き物をする音が鳴っていた。

 事務室の、ガラス扉が開く音を耳にして、全員が一斉に顔を上げる。

 若い男が立っているのを、一瞬見ては警戒心が眉の上に乗っていた。

 その後ろから社長の大きな影を見ると、事務員たちはそれぞれに、

「お疲れ様です」

 と、雇い主へ声を掛けた。

「お客だ。お茶を入れてくれ」

 そういうと比較的年齢層の高い事務室の中にあって、もっとも若いと思われる色の白い、女性が事務机から立ち、給湯室の方へと歩いて行く。

 社長は入り口に立ち、建設会社独特の木材の香りのする建物を見回す若い探偵と弁護士を奥へと促した。

 仕切り1枚で隔てられた応接スペースには、黒いソファと低めのテーブルが配置されていた。

 案内される言葉も待たず、どっかりと座った探偵は、少し大きめの声で、

「お茶じゃなくて、コーヒーがほしいなぁ」

 なんとも図々しい若者である。

「それで、話って言うのは?」

 大柄の社長もどっかりと1人かけのソファに座り、奇妙な2人を見据えた。その目には敵意の光が瞳の奥に見えていた。

 若者の顔を一瞥してから、自分が最初に口を開くのだろうな、と心中で囁きつつ、社長の日に焼けた社長に視線をむけた。

「さっきも申しましたが、生前の荒木氏の様子を伺いたくて」

 そう遠慮気味に言った弁護士の横で、すぐさま探偵が口を挟んだ。

「生前、荒木氏ともめていたと聞いたのですが、内容をお伺いしたいのですが」

 ストレートに聞く探偵であった。

 明らかに社長は不機嫌な態度になる。太い腕を組み、眉間にシワがよった。

「なにを聞きたいんだ、俺が荒木さんを殺したって言えばいいのか?」

 嫌味を交えて言う社長。

「あなたが荒木氏を殺したのであれば」

 ムッとした社長は眉間のシワをさらに強くした。

 ひやひやした顔で探偵と社長を交互に見る弁護士は、例のごとくハンカチで汗を拭いながら、震える唇で無礼な探偵の代わりに質問を投げかけた。

「荒木氏とトラブルがあったとのことですが、どういった内容のトラブルだったのかお聞かせ願えれば幸いです」

 下からの態度に少し考えるような素振りで、太いもみあげを、ゴム手袋でもはいているよえな指で2度、3度と掻くと、大きな咳払いをした。

 と、そこへやってきた事務員の女性が一礼すると、弁護士の前に緑茶を、わがままな探偵の前にコーヒーを置き、最後に自らの雇用主の前に、大きな黒い湯のみをおいた。

 事務員がその場を立ち去るまもなく、すぐにコーヒーに口をつける探偵。

 そして香りが鼻から消えないうちに、再びぶしつけな口調で質問を投げかけた。

「金銭的なトラブルだったんですか?」

 人にものをらたずねる態度とは言えない探偵の様子に、社長の視線は弁護士との対話に向けられた。

「5年くらい前た。金銭的に苦しくなってない。機材なり土地なりを売ったんだが、それでも倒産寸前まで追い込まれて。そこて荒木さんところへ頭を下げに行ったってわけだ」

「結果は言わなくてもわかるような気がします」

 と、同情的な視線で弁護士は軽くうつむいた。

「怒鳴られたさ。こっちは土下座までしたんだがな、話すら聞いちゃくれねぇ。あげくに、お前が社長で社員が可愛そうだと抜かしやがった。そこまで言われちゃ俺も黙っちゃいられなくてね。その場で怒鳴り合いになったってことだ。この通り声がでけぇからよ、近所の連中に聞かれたんだろう」

 自分1人の力でのし上がった荒木という老人の半生を知る弁護士にとって、最も理解できる展開であった。

「幸い、嫁さんの実家から借金できることになって、会社は存続できてるよ」

 そう皮肉めいた口調で、社長は苦い笑いを浮かべるのだった。

「今朝、社長さんはどこに居ましたか?」

 会社の顛末に興味を示さない探偵がアリバイを、淡々と尋ねた。

「どこってここにいたさ。事務所を開けるのが俺の朝いちの仕事なんでねぇ」

 そういった時、一瞬だが社長の視線は俯いた。

 この時、探偵は事務室の事務員たちの顔色が少し変わるのも見て取れた。

「そうでしたか。では今日はこれで失礼します」

 そういうなりソファから立ち上がった探偵は、事務所をあとにするのだった。

 お茶に一口、口をつけてから立った弁護士も、頭を下げ会社を出ていったのであった。

 人も車も通らない車道を町の中心の方へ向かって歩く探偵。

 その後ろから血相変えて弁護士が駆け寄ってきた。

「今のは私にもわかるよ。彼は嘘を言っていた」

 春が始まったばかりの小さな東北の町に、夕日が沈んでいく。

 そのギラギラとした夕日に浮かび立つのは、事件への好奇心ばかりが燃える、探偵、真田春也のえみであった。

 
 

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「不和の美ー17」


17

 ホテルでの食事を終えた探偵と弁護士の取り合わせは、夜の町へとタクシーで出向いた。

 と言っても目的は古川栄太郎が心奪われる美人が経営する居酒屋であった。

 赤提灯が春風に揺れる夜は未だ冬の風の匂いがして、肌寒さが肌を刺した。

 2人は凍えるようにして店内に入っていくと、しとやかで百合の花が香るような声色が迎えた。

「いらっしゃいませ。あら、来てくださったんですか?」

 うれし気に微笑する筒井美咲の笑みは、事件にしか興味を抱かない真田春也の探偵心をも、思わずドキッとさせる魅力が醸し出されていた。

 店内は昼に訪れたときとはまた雰囲気がガラリと異なり、本当に居酒屋なのだな、という一種の酒の香りが漂っていた。

 店内を見回すと奥のテーブル席に男性が1人と、カウンターに女性客が2人。そのさらに奥の座敷間には、数人の団体客がいるらしく、にぎやかな声が聴こえ漏れていた。

「こちらへどうぞ」

 和服の袖を片手で押さえ、白く長い指先で町の外から来た2人を、店の懐へといざなった。

 女性客2人から少し離れたカウンター席に腰掛けると、ホルモンの煮込みだろうか、はたまたサバの味噌煮か、味噌の香ばしいかおりが、さっきのホテルでの食事を忘れさせた。

「おふたりともビールでいいかしら?」

 はつらつとした女将の声色は、飲み物がなんであるかを尋ねてくる。

「私は地酒をもらおうかな」

 町がもっとも力を入れる産業の1つがこの地酒作りである。古川栄太郎は前々からこの町の地酒が存外に飲み心地が良いのを知っていた。

「冷でいいかしら」

 弁護士はうれし気に美咲の笑みをニヤニヤと見据えた。

「真田さんは若いからチューハイがいいかしら?」

 カウンターのメニューを凝視していた探偵は無表情を上げ、

「ハイボールと若鳥のから揚げをください」

 と女将に告げた。

 古川弁護士はこれが彼のいつものスタイルなのを分かっていた。幾度か彼とともに旅をしたことがあったが、決まってどこへ行こうとも地元の東京のなじみの居酒屋で注文するものと何一つ変わらず、いつもハイボールとから揚げなのだ。

 一度など四万十川まできたのだから、名物のアユで一杯、と提案したことがあった。しかし探偵はハイボールとから揚げを崩すことなく、いつもの飲み方をしたのである。

 東北地方の片田舎でもその姿勢を崩すことはなかった。

「はい」

 微笑みを返すとカウンターのすぐ裏で彼女は地酒の支度をした。

 元から米がおいしいと評判の地方であった町で、数年前より地元の湧水を利用した酒造をはじめ、町おこしに一役買っていた。

 亡くなった荒木氏もこの地酒が好きで、古川が来る度、地酒をふるうくらいである。

 きれいなカラスに入れられた地酒の冷を出され、おちょこに女将自ら注いだ。

 初老の弁護士は照れてしまい、頬を赤らめていた。

 それを興味なく一瞥した探偵は、店内を見回すと壁際に一輪の花が添えられていた。

 花の種類は分からなかったが、花瓶は彼の興味を大いに引いたのである。

「女将さんも織部焼に興味があるんですか?」

 地酒の入った入れ物を弁護士の横に置き、白い頬を上げ、探偵が指さす先の一輪挿しを見た。

「ああ。あれは叔父からいただいたものなんですよ」

 そこで弁護士がはたとわれに返り、今日の出来事が脳裡を走り抜けた。

「今日ぐらい休んだらよかったんじゃ。荒木氏の葬儀の手筈もあることだし」

「いいえ。こんなときだからこそ、仕事をしているほうが気分が紛れて。それにお葬式の準備なら昭雄さんがしてますから」

 だがこのときまだ1人息子、荒木昭雄の容疑は晴れておらず、事件現場となった荒木邸の前には、複数人の警察官が待機していた。

 ふと一輪挿しを見上げた美咲の表情には、いつもの華やかさはなく、壁際の一輪挿しのように、物かなしげに探偵には見えた。

「結局、叔父の趣味にはついていけませんでした。私に骨董品のことをあれこれ教えてくれてたんですけれどね。今となっては、もっとよく勉強して、叔父と話しをすればよかったと思っているんですよ」

 探偵の隣では同じ思いで地酒を一気に飲み干し、おちょこを空にする弁護士の姿があった。

「古田織部という人はですね――」

 こういった話をすると止まらないのを弁護士は知っていたが、探偵のスイッチがひとたび入ると、何を横から挟もうと唇の動きは止まらなかった。

「本当の名は古田重然といいまして、生れは美濃国、今の岐阜県南部に位置しています。家紋は三引両でして、山口城城主、古田重安の弟、古田重定の子として生まれました。古田家は元々、美濃国の守護大名、土岐氏に仕えていたのですが、時代は織田信長が戦国時代の中心となり、美濃国を収めることになったので、織田家の家臣となったのです。武将としての才覚もあったそうで、織田信長の嫡男、信忠の使番、荒木村重の謀反の際には義兄を引き戻すことに成功し、豊臣秀吉、明智光秀の軍勢にも加わり功績をあげているんですよ」

 女将としてこうした客の扱いには慣れているのか、美咲はハイボールとから揚げを速やかに用意すると、彼の話を聞きながら、彼の前に並べた。

 しかし探偵は自らの興味の方向にしか話をもっていかず、出されたものに手を付けなかった。

「本能寺の変のあとは、豊臣秀吉が天下を取ると悟ったのでしょう、配下となって山崎の戦い、伊勢亀山城の戦い、九州平定、小田原討伐などにも参加しています。
これは歴史の教科書にも乗るほどの大きな戦ばかりなんですよ。これだけの功績をあげたのですから、扱いも当然なんですが、秀吉は彼に織部の官位を与えました。これが古田織部の元となっているんです」

 ここで初めて彼はハイボールに口をつけ、軽く喉を潤した。

「天正10年からは千利休の弟子となり、茶道の道へと進みます。しかしながらその才能は利休とは対照的に、静かなる美を求めるのではなく、もっと独自の美意識があったんです。利休はある時、茶道具の木目が気に食わず捨てようとしました。けれども織部はそれを利休からもらい受け、愛用したそうです。生の中に動を見たとのこと。利休の死後は秀吉がえらく気に入ったそうで、天下一の茶人となりました。織部が好むものは天下で流行る。織部好みとまで言われ、彼が最先端の流行をきめていたんです。朝廷や貴族、寺社へも影響を及ぼすなど、間違いなく天下の第一人者となっていました。関ケ原の戦いでは東軍に入り、勝利を収めました。ですが大阪冬の陣、夏の陣を通じて徳川方についていた織部が豊臣へ内通したとの嫌疑をかけられ、切腹させられたんです。彼は弁明は一切せず、切腹に従ったとされています。
 彼の残した「破調の美」はその後も受け継がれているんです。調和されていない美。これに俺はひかれたんですよ」

 言い終えるとまたハイボールで喉を潤した。

 横でため息交じりに首を横に振る弁護士であった。

 これを見て、2人を見比べた美咲は、クスクスと口元を抑えて笑っていた。

「面白いお方ですね」

 弁護士に笑いかける女将の表情は、やはり男の本能を爪で掻きたてるものがあった。

 弁護士は地酒のせいだけではない頬に赤らみを帯び、女将から思わず視線を恥ずかし気にそらした。

「彼はいつもこうなんですよ。自分の話以外に興味はなく、事件と歴史以外に興味すら抱かない。出会った時から変わってましたからね」

「お二人はどこでお知り合いに?」

 地酒を弁護士へ注ぎながら女将が尋ねる。

「数年前でしたかね。東京である殺人事件がありまして。骨董品の甲冑を集めるのが趣味の男性がいましてね、その男性が殺害されたんですよ。被害者の知り合いだった彼が事件現場にずかずかと入ってきましてね。被害者と面識があった私が現場に居合わせて、現場をまるで荒らすように警察官の静止もきかず、今回と同じように事件を捜査したんです」

 自らのことを話すのを好まないと見えてか、探偵はさっきまでの饒舌は影もなくなり、若鳥のから揚げを一口で口に放り入れてしまった。

「事件は解決したんですか?」

 女将の問に、弁護士は軽くうなづいた。

「ええ、見事に。骨董品収集の愛好家仲間の犯行でした。被害者が所有していた赤い甲冑が加害者の好きな戦国武将のものだったらしく、それを奪いたいがために殺害したとのことでした」

「山県昌景の甲冑ですからね。ほしいのもわかります。彼は武田信玄の四天王と呼ばれるほどの名称ですから。黒澤明監督の「影武者」という映画では、大滝秀治が演じていました」

 ハイボールでから揚げの油を流し、探偵は口早に告げた。

「この調子で解決したんです」

 と、苦笑いをした弁護士であった。

「きっと叔父あえば話が合ったでしょうね。叔父もそうした話が大好きでしたから」

 そういうと奥の調理場にかけている鍋のことを思い出し、

「ちょっと失礼しますね」

 と、のれんで仕切られた調理場へと入っていった。

 その時である。

「生きてたとしてもあの荒木さんが他の人と盛り上がるなんで、ありえないわよ」

 カウンターの離れた席に座っていた女性の1人が、彼らに向かって話しかけてきた。

「あの人はねぇ。他人を寄せ付けない、独特のオーラっていうか、そういうところがあったのよ。個人を悪くは言いたくないけどね」

 酔った様子がある女性は、伊美徹の会社事務所にいた、事務員の1人であった。横の女性も同じく事務所で見かけた事務員である。

 会社終わりに同僚同士で飲みにきたのである。

「まぁ、殺されて自業自得っていうかさ、あの人にこの町でいい印象を抱いている人なんてなかったと思うわよ。私だって一度、ひどい目にあったんだから」

 半分、ろれつが回っていない口調で彼女は言った。

「ちょっとやめなさいよ。今日、そんな話しなくてもいいじゃない、しかも美咲ちゃんのお店で」

 後ろの女性が酔っている彼女を止めるようにいうが、さらにレモンサワーを飲み、彼女は拍車がかかるようにうなった。

「いいじゃない。こんな日だから言わせてよ。私、ずっとあの人には言いたいことが山ほどあったんだから」

 というと探偵の顔を凝視して、彼女は口早に言った。

「口うるさい人だったのよ。うちの会社は仕事の関係上、会社の敷地内で木材の加工とかもするんだけど、何度、あの人が近所迷惑だ、うるさいって怒鳴り込んできたことか。一度なんて、頭を下げる私を指さして、頭を下げるだけなら人形でもできる、そんな仕事しかできないのなら辞めてしまえって言われたのよ。信じられる? こっちは仕事で仕方なく頭を下げてるのにさ」

 後ろの女性はこうした過激な言動を親族親族の店で口にする同僚と、のれんの奧を冷や冷やと見比べていた。

 しかし同僚の口は止まることをしらない。

「この町であの人を良く思っている人っていたのかしら。何かあるとすぐにクレームよ。近所の子供がうるさい、車を夜走らせるな、猫が敷地に入ってくる。ほっと近所迷惑な爺さんだったわ」

「ちょっと秋子さん、飲みすぎなんじゃないですか?」

 煮物を小鉢に入れてもってきて、秋子の前に置く美咲は、少し怒っている表情だった。

「あら、聞こえてたのね」

 そういって島田秋子は舌を出した。

「そろそろ帰ったらどうですか、美穂さんも旦那さん、待ってるんじゃありません?」

 同僚の吉岡美穂に美咲は顔を向けた。

「家の旦那なら同僚と宴会だそうよ」

 そういって美穂は皮肉たっぷりに笑った。

「あら、そういう美咲ちゃんはどうなの? 彼、今日も来てるじゃない」

 と、奥のテーブル席で1人飲んでいる男を横目で秋子は見た。

「荒木さんはいないんだし、このまま結婚しちゃえばいいのに」

「ちょっと秋子さん、怒りますよ」

 そういっている彼女の顔には、本気の怒りが見て取れた。

 奥まですっかり声は通っていたらしく、男はまだ半分も減っていない焼酎をそのままに、席を立つとカウンターにお金を置いた。

「女将さん、ごちそうさま。また来るよ」

「ごめんなさい、佐藤さん」

 男は静かな微笑だけを浮かべ、店の木目がきれいな引き戸を開けて、帰っていった。

「あらら、帰っちゃった」

「秋子、私たちも帰りましょう。あんた、ちょっと酔っ払いすぎよ」

 美咲の怒った表情を見て取ったらしく、吉岡美穂が促す。

「まだ大丈夫よ」

 と、コップを持つ秋子。

 その手を抑え、美穂は無理に彼女を立たせ、バッグを持たせた。

「美咲ちゃん、また来るわね」

 美穂がお金をカウンターに置くと、無理に秋子を引っ張り、帰って行くのだった。

「すみません、騒がしくて」

 美咲が探偵と弁護士に苦笑いして頭を下げた。

 すると座敷席から声がして、彼女は奥へと呼ばれて行ってしまった。

「荒木氏に恨みを抱く人は多いようですね」

 ハイボールを口にして、頭の中で再び事件へと探偵の関心が向けられた。

「友人は悪く言いたくはない。だが、町の人たちの心情はさっきの彼女が言っていたとおりなのかもしれないな」

 少し悲しそうな目を地酒に落とし、弁護士はいうのだった。

「さっきの男性はどなたですか?」

 弁護士の気持ちなど彼の眼中にはなかった。

「ああ、佐藤君だね。隣町の人で美咲さんにご執心でね。毎日のようにここに通ってるんだよ。前に来たときからだから、数年の片思いってやつだね」

 興味深げにから揚げを口へ放り込んだ探偵は、少し笑っているようにも見えた。

「不和の美ー18」

18

 荒木義男の葬儀が行われたのは、死後4日後のことであった。

 火葬後、葬儀が行われる風習のある小さな田舎町では、3日後には少なくとも葬儀が行われるのだが、殺人事件の場合、司法解剖が法的に義務づけられていたこともあり、荒木義男の遺体が邸宅へ帰宅したのが翌日であったから、通夜、火葬と遅れていたのである。

 喪主を務める息子の荒木昭雄、親戚にあたる筒井美咲、昭雄の妻、2人の子供など親類や町の人たちが集まる葬儀は、町のお坊さんを読んで、広い邸宅の座敷で行われた。

 故人が残した財産管理、相続関係などを任されることとなった弁護士の古川栄太郎は、葬儀の間も親類などとの書類の話などで忙しくしていた。

 この事件にそうした古川の仲介でかかわることになった若い探偵、真田春也の荷物には葬儀の準備などはまったくなかったため、葬儀に出席する格好も用意できぬまま、蚊帳の外という感じで邸宅の個室に半ば、古川の言いつけで軟禁状態にあった。

 彼の性格上、事件関係者がこうして集合した葬儀は、絶好の聞き込み機会であり、例のごとく聞き込みをする恐れがあったせいもあり、古川はいつも以上に彼にくぎを刺していたのであった。

 飛ぶ鳥の羽をもがれたかのような春也は、古い資料などを置く書庫に臨時に設置された椅子とテーブル、美咲が気を聞かせて用意したコーヒーとバームクーヘンを前に、ふすまの向こう側であわただしく動く、近所の奥様たちの声色を聞いていた。

 小さい窓から外を見れば、警察官らしきスーツ姿の男たちが道路で状況を眺めている。

 陣頭指揮をとるのは、事件初日に事件現場を荒らす探偵を一喝した三田恭一警部だ。

 何をしてよいものか、と思いつつも探偵の脳裡には常に事件のことが渦巻き、自然とふすまの外へ意識が行っていた。

 そんな中、トイレへ向かおうとふすまを少し開けた時のことである。

「警察に言わなかったの?」

 と女性の声が書庫前の廊下に響いた。

「ちょっと、声が大きいわよ」

 そう制する声には聞き覚えがあった。筒井美咲の居酒屋で酔って噂話を口にする島田秋子を止めていた同僚の吉岡美穂(46)の声である。

 ふすまを少し開け、顔を少し出す探偵の目に、複数人の喪服姿の女性が廊下で立ち話をしているのが見えた。

 吉岡美穂以外の女性の顔に見覚えはないが、葬儀の手伝いに駆り出された近所の奥様たちと探偵は推測した。

 女性によくある、例の噂話というやつであろう。

 吉岡美穂は話を続ける。

「うちの社長は朝いちばんに事務所の鍵を開けたって警察には言ってたけど、あんなのでたらめよ。だって荒木さんが殺された日に事務所を開けたの、私だもの」

 思わず探偵は目を見開き、女性たちの会話に神経を研ぎ澄ませて集中させた。

 奥様の1人が美穂に聞く。

「じゃあ朝早くからどこに行ってたのかしら。伊美さんって仕事人間って感じだけど」

 さらに吉岡美穂の声は小声になる。

「愛人のところよ、愛人。隣町でスナックをやってる女に人らしいけど、その店を開店する資金をだしたのも、社長らしいわよ」

 事務員は自らの社長の秘密を暴露した。

「きっとその愛人のところに泊まったんでしょ」

「奥さんは知ってるの?」

 別の奥様が伊美夫人がその事実を認識しているのか、興奮気味に美穂へ確認する。

 探偵も耳を大きくしながら、その事実確認を心中で希望していた。

「知ってると思うわ。一度、そのことで会社の事務所で言い争ってるのを見たことあるもの」

「だって、奥さんも社長が会社に出かけたって警察には言ったんでしょ? 嘘を言ったってこと?」

 主婦の情報網恐るべし。そうした情報まで認識していたのである。

 吉岡美穂は首を横に振った。

「そこまでは知らないけど、自分の夫が浮気して朝帰りなんて、恥ずかしくて私なら言えないわ」

 と、少し嫌味っぽく言った。

「おお~い、ビールもってきてくれ」

 すると奥の座敷から男の声がして、美穂が返事を返す。

「男は飲んでるだけでいいから、のんきよねぇ」

 吉岡美穂のため息で女たちの井戸端会議は終了した。

 しかし吉岡美穂の証言は探偵の推理を大きく加速させるものとなった。

 それから数時間、夕刻になるころ、1人の男が屋敷を訪ねてきた。町で唯一の靴販売店の主人、里見源太(62)であった。

 この下駄屋の主人は被害者の一人息子、昭雄氏が被害者の殺害時刻に散歩に出ていたと証言した人物である。

 初老にしては長身で、襖を開けて顔を覗かせる探偵よりも大きく見えた。

 自らの無実を証言した人物の訪問に、昭雄はえらく喜び、焼香の後は畳の大きな部屋でビールをごちそうしていた。

 が、数分も経たないうちに下駄屋の主人はそそくさと帰ろうとした。

 探偵が襖の端から覗く限りでは、どこか落ち着きのない様子であった。

「里見さん。もう帰るのかい?」

 昭雄が近づいていくと、下駄屋の主人は広い玄関、廊下の先に誰も居ないのを確認すると、焦った様子の口調で口早に言った。

「俺、勘違いしてた。あんたを見たのは朝の7時近くで、荒木さんが殺された時間にあんたを見たっていうのは、嘘だったんだ。警察に言ったあと、思い出したんだよ!」

「な、なにを今更。それこそ勘違いじゃないか。確かに里見さんとあったのは7時近かったけど、6時だったのは確かだろ? 変なこと言い出すのは止めてくれよ」

 と、高い位置にある肩を叩く昭雄。

「警察に言うべきなんじゃないのか?」

 その一言が昭雄の短気に火を点けた。

「馬鹿なでたらめを言わないでくれ!」

 この声は広い屋敷に轟くには十分な声量だった。

 奥の座敷から主人の妻が駆けつけてきた。 その顔は血相変えている。自らの主人の声に驚きを隠せないでいた。

「 今更それはないですよ 。警察に言うなんて、ふざけないでください」 

 昭雄は さっきまでの荒げた声とは違った、落ち着いた声でありながら、怒りを込めた声色で言い放った。

 下駄屋の主人は おどおど しながら 玄関を開けて 逃げるように屋敷から出て行った。玄関前に待ち受ける警察官に話しかけることもなく昭雄の言った通り、何事もなかったかのように、その場をあとにした。

 襖から顔を出していた探偵はゆっくりと 頭を 引っ込めると、興味深げに顎に手を当て、少し考え込んだ 。
 
 アリバイのない人間がまた一人、彼の前に現れたことになる。これは実に楽しく 彼の思考はアドレナリンであふれていた。

 書斎に容易された椅子に腰掛け、自らが常備している手帳を取り出すと、関係者の関係性をメモしたページをめくる。

 そこに書かれた字はメモ帳の点線から大きく逸脱した、ミミズが這ったような字というのにふさわしい汚さで殴り書かれていた。

 彼は自分の耳にしか聞こえない独白で、それを読み上げていく。

「被害者の荒木義男が殺害された時刻が5時から6時の間。その時間帯に息子の昭雄は散歩をしていたと言っているが証言は訂正された。建設会社の社長伊美徹も事務所の鍵を開けるのを日課としているにもかかわらず、愛人のところへ行っていた。二人にアリバイがないとなると、容疑者は二人・・・・・・いいや佐藤誠という線もあるということか? 美咲を思うあまりにって可能性も捨てきれない」

 こうした独白を一人、書斎で行っている内に、春の夕方がやってきた。

 襖の向こう側から声が聞こえないということは、客もほとんど帰宅したのであろう。

 暗くなり始めた外の庭を眺めながら、警察の三田恭一警部の姿がまだ在るのを、玄関の明かりに照らされて認めた。

 靴屋の主人の証言が偽証であることを告げた方がようのではないだろうか?

 そう考えながらも、探偵は自らが事件の真相に近づきつつあることに、優越感を抱いていた。

 そしてある欲求に動かされた。犯行現場が見たい。

 自らを抑えるという概念を持たない真田春也は、襖を軽く開け、周囲に誰も居ないことを確認すると廊下を忍び足で進んだ。

 広い座敷の横を通って行く。飲みかけのビールが入ったコップやビール瓶がテーブルの上に置きっ放しである。残り僅かになった寿司や煮物の皿が並ぶが、人の姿はなかった。葬儀に来た客たちは帰ったのだろう。

 座敷の横を抜け玄関の前の廊下を左に曲がると、木製の重々しい扉が凜然と彼を迎えた。

 右側の窓からは外が見えるが彼に気づいている警察官はいない。周囲を見回したり、通りかかった近所の人間に話しを聴いている様子だ。

 チャンスとばかりにドアを引き、中へ足を踏み入れた。
 
 ところが誤算だったのは、夕陽が山の後ろに沈んだことだ。

 書斎の中は暗く、なにも見えなかった。

 電気、電気と心中で呟きながら入り口の壁を手探りで探す。が、スイッチは指先に引っかからない。

 顔を廊下に出して廊下側の壁も見るが電気のスイッチは探し当てられなかった。

 弱った、と頭をボリボリと搔いていたその時、

「また事件の事ですか、探偵さん」

 とあでやかな声が背中を撫でた。

 蘭の花のような甘い香りがして振り返ると、筒井美咲が彼を見て微笑んでいた。

 和装の喪服姿もまた、艶やかで夜に栄えているように見えた。

「古川さんにまた怒られますよ」

 と少し悪戯っぽくいうと、書斎の中に入ってきて、右側の大きな机の横の壁に手を伸ばした。

 すると漆黒の世界に光が点灯した。

 変わったところに電気のスイッチがあるものである。

 軽く頭を下げて美咲に礼をすると、さっそく事件現場の検証を始めた。

 すでに警察があらかた操作したのだろう、片付けては行ったと思われるが何処か乱雑に散らかっている印象を彼は受けた。

 真っ先に探偵の目が行ったのは、やはり織部焼きが並ぶ棚であった。

 コレクションの皿や茶碗が並ぶ中で、やはり凶器に使われた織部焼きが置いてあった場所だけが空間としてポッかり空いている。

 棚の観音開きの扉を開き、じっと織部焼きを見つめる。そしてさらに書斎の中を一瞥した。

 すると筒井美咲は机の縁をゆっくりと撫で、その手で椅子を引くと、疲れた様子で叔父が愛用していた椅子に腰掛けた。

「叔父は誰も書斎には入れなかったんです。息子の昭雄さんですらも」

「ええ、その話はいろんな方から聞きました。どうしてそこまで義男氏は人を遠ざけて生活していたのでしょう?」

 机の引き出しをゆっくり開け、空になったそれを探偵に見せた。

「ここに引き出しには多くの書類が入っていたと昭雄さんから聞きました。不動産関係の書類や株式に関するものだったとか。叔父はきっとお金に群がってくる人間を遠ざけたかったんだと思います。生前、叔父が言っていたんです。[人間は所詮、金に集まる生き物だ]って。ですから人を信用していなかったんじゃないかしら」

 織部焼きを見つめながら、探偵は軽く頷いた。

「もっとも大事な場所だからこそ、特に書斎には人を入れたくなかった、という訳ですか。ですがここが事件現場となった。誰かが確実に義男氏を殺害した。人を信用していなかった被害者が人を自らのテリトリーに入れた。これには意味があるんだと思います」

 探偵はそういうと、織部焼きの棚をゆっくりと閉じた。


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映画化も決まったミステリー小説の上巻。この力は凄い!

こちらは下巻。最後の結末を知った時、胸が苦しくなる。

東野圭吾最新作!

「不和の美ー19」

19

 葬儀の日の翌朝、早く、ホテルにタクシーを呼んだ真田春也は、その脚で隣町まで向かった。

 まだ朝は日差しが出ているのに肌寒く、春先だと追うのに、息が白くなっていた。

 眠そうな目でバックミラー越しに春也の顔を何度もチラチラと見るタクシーの運転手は、町に唯一の信号機で停車すると、何を決心したように探偵に対して告げた。

「お客さん、探偵なんだってね」

 信号付近には大きな家が何軒かあり、それを見ながらその家は、どういった経緯で金儲けしているのだろうか、と考え込んでいた春也は、窓の外にあった視線を車内に戻して、バックミラー越しに運転手の、色が黒い顔を見つめた。

「ええ。もっぱら浮気調査や迷い猫探しが仕事ですがね」

 半分自分への皮肉も込めた様子で薄い笑みを浮かべた。

「荒木さんところの事件を捜査してるんだろ?」

 そう言うと信号が青に変わり、タクシーはゆっくりと発車した。

「これからその調査に向かうんです」

 眼を見開くように、興奮気味の顔をした探偵が運転手に言う。しかしどうして運転手が自らの事を探偵だとしり、荒木氏の事件を追っているのを知っているのか?

 そんな疑問が瞬間的に脳裡を走り抜けたが、この町の性質上、噂話はすぐに広まることを理解した上で、自らに回答を出した。自分が探偵だって言うことも、ホテルに宿泊していることも、荒木氏の事件を捜査していることも、小さな町ではすぐに広まる。

 火事が起こっただけで騒ぎになるほどの町なのだ、当然の結果であろう。

 そうと分かってしまえば、探偵の性格は事件のことを口走らずにはいられなかった。

「運転手さんは何か事件についての噂とか知りませんか?」

 一直線のバイパスに抜けたタクシーは、そのまま隣町へと走ってく。

 平日の朝は流石に田舎の小さな町でも通勤ラッシュなのだろう、車の通りが多かった。

 浅黒いタクシーの運転手は、一瞬沈黙でハンドルを握っていたが、すぐに視線をチラリとバックミラー越しに探偵へ流すと、薄い唇を開いた。

「その事なんですけどね、あの事件のあった日に、わたし見たんですよ。荒木さんの家の近くで不審な男を」

 思わず咳き込みかけて目を見開いた探偵は、前の座席の間から顔を突き出した。

「いつです!」

 猛然と質問する探偵に、驚いてハンドルを揺らし、タクシーが蛇行する。

 その遠心力で強制的に座席へと戻された探偵。

 運転手は車を立て直し、額に薄く汗を滲ませていた。もちろん冷や汗である。

 車を安定させてから、また運転手は唇を開いた。

「警察の発表だと荒木さんが殺された時間は午前5時から6時の間ってことだったんですけどね、わたしその日は隣町で朝方まで飲んでた客を拾って、町まで戻ったんですよ。その帰り道で荒木さんの家の近くを抜けた時に、男の人が歩いてたんです。老人しかいないような町ですから、朝早くに若い男の人があるいてるなんて、珍しいと思ってたら、こんなことになってしまって」

 眉毛に困った様子を覗かせる運転手。

「それで、顔はみたんですか?」

 運転手にずかずかと矢継ぎ早に質問を投げかける探偵に、運転手の心情を重んじる感情は当然このときはなく、ただ事件に対する意識だけで言動を続けていた。

「背格好は?」

 自分が責められているような感覚になる運転手は、何度もバックミラーごしに探偵の顔をみながら、事件当日のことを思い返しながら口にした。

「顔は帽子を深く被っていたから見えなかったんですがね、小柄な男の人でした」

「男になにか特徴は?」

「あまりマジマジと見た訳じゃありませんから、そこまではちょっと。ジーンズに黒いブーツ、ダウンジャケットを着て、黒い帽子を深く被ってました」

 新たな目撃情報に興奮気味の探偵は、容疑者たちの顔を脳裡に何度も巡らせる。

「このこと、警察には言ったんですか?」

 と、その時隣町の目的地へ到着したタクシーは、ブレーキを踏んで、ハザードランプを明滅させて停車した。

「警察には話しました。容疑者は男だ、とかいっていましたけど。わたし、間違ったことをしたんでしょうか?」

 探偵は不思議そうな顔をした。

「警察に証言することは、悪いことではないです。どうしてそう思うんですか?」

「犯人が町の誰かなら、逮捕されるってことですよね? なんか同じ町の人間を売ったような気分で、あまり気持ちがよくないんです」

 探偵はマジマジと運転手の顔をのぞき込んだ。

「殺人は法律違反です。人を殺すことは倫理に反します。間違いなく殺人犯は悪人なんです。人の心情とは無関係なんですよ。罪は罪なのです。殺人を犯した人間は、罪を償わなければならない。貴方は間違ったことはしていません」

 そういうと探偵はタクシーを待たせて、目的地の前に立った。

 そこは隣町の小さなスナックの前であった。



第20回へ続く

 
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東野圭吾さんの著書がまた映画化されるようです。
筆者も期待が大きいです。


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「不和の美ー20」


20

 地方のスナックというのは、どこでも同じような雰囲気がある。紫色の派手なネオン看板。外壁のはげた小さな建物。木製の分厚い扉。

 真田春也は金メッキのはげた太い取っ手を引っ張り、木製の扉の上部に設置された鈴を喫茶店の入店のように鳴らして、まだ春の冷たい風が室内に吹き込むのと同時に入店した。

 足下には絨毯素材が敷き詰められ、カウンターが入り口すぐに椅子を並べ、奥に黒いソファが向かい合って並べてあった。ソファの間のテーブルには、未だ営業を待つ灰皿が積み上げられ、カラオケのタッチパネル、マイクがキッチリ揃えられていた。

「ごめんなさい、営業はまだなのよ。夜に来てくれる?」

 人の気配を察知したのだろう、カウンターの奥ののれんから、枯れ葉を擦り合わせるような、少し枯れた女性の声が響いてきた。

「伊美さんについて少しお聞きしたいのですが」

 探偵は奥まで入って行くと、図々しくカウンターの椅子にどっかと腰を下ろした。

 怪訝そうな顔でのれんをくぐってきた、40代前半と思われる女性は、あつでのファンデーションで、不自然に顔が白く、薄暗い店内に能面の如く顔が浮き上がっていた。

「三田って刑事さんに全部話したけど、まだ聞きたいことでも?」

 と言った女性の顔が、警察官ではない探偵の姿に、怪訝の雲で曇った。

「記者なら帰って。話すことはないよ」

 不機嫌に言い捨てのれんの奥に引き返す女性。

 その脚を止めたのは、彼のズケズケとした物言いであった。

「伊美社長との肉体関係は、長いんですか?」

 単刀直入に質問され、女性を思わずその垂れ始めた胸の奥がドキッとしたのか、白い顔を瞬間的に探偵へ向け直すと、般若の如く睨み付けた。

「他人には関係ないでしょ。さっさと出て行きなさいよ」

 憤慨した彼女は春也に怒鳴ると、今にも平手が飛んで来そうな勢いの目つきを、更に探偵へ投げやった。

「伊美社長の無実は貴女の証言に託されています。その様子では伊美さんの間柄は深いように見えます。だったらこの質問に答えるべきだと思いますよ」

 まるで他人事のように口ずさむ探偵には、おののきというものはまるで見えず、ただ事実を確認した、それだけの心理が働いていた。

 その態度が逆に彼女の不信感を沸き起こしたらしく、カウンターから出てくるなり、彼の腕を凄まじい力で引っ張り、店から追い出そうとした。

「荒木さんの殺人を知っていますね。犯行当日、伊美さんと貴女は一緒だったんですか? それさえ聞ければ、帰りますよ」

 この怪しい若者をとにかく追い払いたい彼女は、

「ええ、社長はあの日、あたしの部屋にいたわ、あさまで。だからあの人が犯人なわけないのよ」

「具体的になんじまでです?」

「6時過ぎまでよ。もういいでしょ、出て行ってちょうだい」

 追い出されて店から飛び出した彼は、しかしこの店までやってきた行動の意味があったと、収穫に満足した笑みを浮かべた

 容疑者が消えたことは、彼にとって難解なパズルを解いている感覚らしく、それは嬉しそうな笑みであった。

第21回へ続く

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筆者は個人的に山田風太郎の「忍法帖シリーズ」のファンなのだが、最近、また新しい一冊を読んでいるので、ご紹介したいです。

まだ室町幕府が健在だった頃、大名、松永弾正は根来忍者の精鋭をつれて公方さまの新年の祝いに訪れていた。そこで剣聖上泉伊勢守の弟子と根来忍者の精鋭を戦わせる余興をおこなったのだが、そこから凄惨なる戦いと松永弾正の陰謀が始まる・・・・・・。



プロフィール

HN:
富士島
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1986/01/06
職業:
介護職
趣味:
小説、漫画、映画、PC、スマホ

P R