2
事件現場に怒鳴り声が響いたのは、あまりに殺人事件現場に似つかわしくない、白い壁にできた一点の染みのような人物が現場へ現出した時の事だった。
「おい、勝手になにやってる!」
現場の指揮を執る県警の三田恭一(47)は、レザーの上着、ジーンズ姿の若い男が現場に、靴下のまま上がり込んできたのをみとめ、顔を赤く染めて怒号を発していたのだ。警察官ならばもっともな反応だ。
「まっててっていったじゃないか、真田君」
春先のまだ肌寒い風が外界では身に応えるというのに、白髪交じりの弁護士、古川栄太郎(69)は、グレーのハンカチで、額から流れる冷たい汗を拭っていた。
「古川さんの知り合いですか? 困りますなぁ、事件現場に部外者を勝手に入れられては。捜査の邪魔になります」
強い口調で三田警部は汗かきの弁護士に、険しい棘を突き刺した。
だが当の本人はというと、殺人事件の現場を土足で踏み荒らすように、踏み心地のよい毛並みが長い絨毯を踏み歩き、木製の分厚い引き戸を入ってすぐ右側の戸棚を素手のままで開き、中に並べられている、見るからな貴重な焼き物の茶碗を手にとって、まじまじと眺め始めた。
「これは織部焼きですね。殺害された荒木氏は織部焼きの収集家だったようですね。実は僕も織部焼きには興味がありましてね。昨年の大型ドラマで古田織部を見てから、独学ですが調べているんですよ。あと漫画にもなりましたでしょ? あれは実に面白い作品でしたね。あの――」
「いい加減にしろ! ここは殺人の現場なんだぞ! 誰かこいつをここから追い出せ」
警部の怒りはいよいよ炎のように顔を赤く染め、今にも血管が切れるのではというほどに、青年を怒鳴りつけた。
制服警官が2人、玄関口から入ってくるなり、古川と青年を長い廊下を抜けて屋敷の外へと連れだし、小さな町で起こった殺人事件に集まった野次馬達の中へ放り出した。
「なにを考えているんだね春也君。君に事件の概要は説明したが、事件現場に入っていいとは一言も言っていないよ。これではわたしの信用問題にもなりかねない」
古川弁護士がまた噴き出す冷たい汗をよれたハンカチで拭った時、青年は静かに、しかし確信めいた視線で屋敷の大きな玄関を見つめ、ぽつりと呟いた。
「凶器は織部焼きでしたね。書斎に破片が散らばってましたから。でも辺ですね。凶器になりそうな大きな灰皿が机の上にはありましたし、重そうなトロフィーや花瓶も部屋にはありました。犯人はどうしてわざわざ戸棚を開けて、織部焼きを凶器として使ったのでしょうか?
犯人は犯行を迅速に終わらせてすぐにその場を立ち去りたいはずではありませんか。それなのに手間をかけて凶器を戸棚から・・・・・・」
数分の間にこの探偵真田春也(28)は室内の状況をつぶさに観察していたのである。
弁護士は思わずその洞察力に喉を流し、別の意味で溢れてた額の汗を拭った。
ここからは、小説について書きます。
今回は私の好きな山田風太郎氏について。